
ヘルシンキの先端、Hernesaarenranta(ヘルネサーレンランタ)に建てられた木造のサウナレストランLöyly Helsinkiは、開業からたった4年で文化財に指定されました。当初あわせて想定されていた周囲の住宅地開発はその後10年近く動かず、Löylyは2026年現在も再開発予定地にぽつんと建っています。
Löylyは「ヘルシンキで一度は行くべき場所」として観光ガイドに載り続けています。Time誌の「世界100選」(2018年)の冠も健在で、日本のメディアでもよく紹介されます。ただ、現地に住んで何度か通ううちに、私はLöylyを「観光スポット」として読むのは半分しか合っていないことに気づきました。この場所には、観光向けの顔ではない別の文脈が、二重三重に積み重なっています。
最初に整理しておきたいのが、誰がこの建物を作って、誰が今動かしているのか、という話です。Löylyは2015年春に着工し、2016年に開業しました。建主はヴァイキング 〜海の覇者たち〜にも出演した俳優のJasper Pääkkönenと、当時起業家だったAntero Vartiaです。ヘルシンキ市が「ヘルネサーリ工業地区を将来住宅地として再開発する前に、地区を活性化したい」と考えて公共サウナの公募を出したのが発端で、2人がこのプロジェクトを引き受けた経緯が、公式サイトの沿革ページに書かれています(出典:Löyly公式「Löylyn Tarina」)。
ただ、レストラン部分の運営は最初から2人の手によるものではありません。建設段階で外食大手のRoyal Ravintolatが運営パートナーに選ばれており、2018年にRestamax(その後社名をNoHo Partnersに変更)がRoyal Ravintolatを買収したため、現在のレストラン運営はNoHo Partnersが担っています(出典:Sauna-lehti, 2024年10月)。同じ2018年、Vartiaは国会議員業(在任2015年から2019年)と気候系の起業(後のCompensate)に集中するために、自分のLöyly持分をPääkkönenに売却しました(出典:Yle, 2018年)。今のLöylyは、所有はPääkkönen個人、運営は上場ホスピタリティ大手のNoHo Partners、という二層構造になっています。観光ガイドではよく「俳優Pääkkönenのサウナ」と書かれますが、料理を運んでくれるサーバーや、現場のサウナマスターは、別の会社の社員です。
設計を担ったのは、ヘルシンキのAvanto Arkkitehdit(アヴァント設計事務所)。内装はJoanna Laajistoが手がけました(出典:Avanto Arkkitehditのプロジェクトページ、ArchDaily掲載のLöylyプロジェクト)。
外から見るLöylyの第一印象は、おそらく多くの人が「木の塊」だと感じるはずです。設計コンセプトもそれに近く、アヴァント設計事務所のアヌ・プースティネン(Anu Puustinen)は「通常の建物というよりは、人工的な地形であり風景の一部」と語っています(出典:Sauna-lehti, 2024年10月)。熱処理パイン材で作られた4000本以上のラメラ(合計の長さは6744メートル)が、四角い「黒い箱」のサウナとレストランを覆う「hulmu」(フィンランド語で外套のような上着の意味)になっており、屋根の上も歩けるようになっています。

現在、Löylyにパブリック・サウナは3つあります。薪サウナ、ヘルシンキの公共施設としては希少なスモークサウナ、海に入るデッキのすぐ隣にあるアヴァント設計事務所デザインの小さな電気式サウナ「Aito」(試験運用中)です。それに加え、プライベート・サウナが1つあります。
ストーブの設計には、面白い細部があります。フィンランドの民俗学者Sakari Pälsiの唱える「löylyn laki(ロウリュの法則:利用者のつま先が、ストーブの石の上面より高くなくてはならない)」を成立させるために、ストーブ設計者のHeikki Hyytiäinenが2メートルを超える蓄熱式ストーブを作り、アヴァント設計事務所はその下半分を床下に沈めるよう工夫しました。法則を守るために床を掘る、という発想が、Löylyという場所のこだわりをよく表しています。
先に触れたように、Löylyの周辺は再開発された新しい街になるはずでした。ヘルシンキ中心部から徒歩圏にあるにも関わらず、工業施設が並ぶエリアだったヘルネサーリ。市は2010年代初頭から、この地区を住宅地として再開発する計画を進めており、Löylyのプロジェクトはその「街区の建設が始まる前に、ヘルネサーリを人が来る場所にしたい」という構想から始まっています(出典:Löyly公式「Löylyn Tarina」)。
ところが、住宅地としての都市計画は何度もつまずきました。2021年にヘルシンキ市議会が承認した計画は、2022年に最高行政裁判所が棄却。市は計画をし直さねばならず、2025年10月になってようやく新しい計画が市議会で承認されました。新計画では、7100人の住民、新規住居床面積31.6万㎡、職場・サービス床面積13.9万㎡が見込まれ、着工は2028年頃からの予定です(出典:Helsingin kaupunki:Hernesaaren kaavaratkaisu, 2025年、Helsingin Uutiset, 2025年)。つまりLöylyは、開業した2016年から本稿執筆の2026年5月の時点まで、約10年「これから建つはずの街区」の先陣として、ぽつんと一棟だけあったことになります。訪れた人が、「Löylyのまわり、何もないな」と感じたのなら、それは正しい感覚です。街がここに来るのを、Löylyはずっと待っているのです。

時間の倒錯はもう一段あります。開業からたった4年後の2020年、Löylyは都市計画上のsr-1(建物保護指定)を受けました。指定の理由は「建築の高い質」だけでなく「2000年代前半のヘルシンキ都市文化の変化を象徴する価値」とされています(出典:Sauna-lehti, 2024年10月)。普通、文化財指定は世代をまたいで街に馴染んでから議論されるものです。Löylyは順序が逆で、街がまだここに来ていない段階で、ヘルシンキが何を残そうとしているかを先に決められた格好になりました。ただ、ヘルネサーリが新築オフィスとマンションで埋まったあとの2030年代の風景に、「街の創造を率いたサウナ」としてLöylyが堂々と立っている、という未来像が、すでに想定されています。
最後にどうしても触れておきたいのが、創業者の意図と現状とのずれです。PääkkönenはSauna-lehtiの取材に対して、観光客ではなくヘルシンキ市民のための場所として作りたかった、という主旨の話をしています(出典:Sauna-lehti, 2024年10月)。それでも、同じ記事の中に、夏季の客のおよそ7割が観光客だという推定値が紹介されています。これは公式統計ではなく取材時点の推定であることに注意が必要ですが、私の周囲のヘルシンキ市民も声を揃えて「Löylyは観光スポット」と言いますから、認識に大きなずれはないでしょう。
ここで重要なのは、その「ずれ」が悪いことではない、という点です。公式の沿革によると、Löylyのルールである「男女混合サウナ、水着着用」は、外国人客にとって裸での混浴が想像しにくいという配慮を組み込んだ設計判断として説明されています(出典:Löyly公式「Löylyn Tarina」)。つまり、Löylyは最初から観光客が気軽に来られる市民の場所として計画され、結果、予想を上回る観光人気を経てバランスが歪んでしまっただけなのです。
地元民のために設計されながら都市計画の遅れにより、地元より世界でまず人気を博し、フィンランド随一の若い文化財となったLöyly。街との歴史を築くのはまだまだこれからで、周辺が開発されご近所の地元民が気軽に通えるようになれば、また風景はがらりと変わるかもしれません。

Löylyの男女混合で利用できるパブリック・サウナには営業時間中いつでも入ることができますが、事前予約を強くおすすめします。
利用料金は2時間で29ユーロ。料金にはタオル、ペフレッティ(座面に敷く薄いシート)、シャンプー、ボディソープが含まれます。水着のレンタルもあります(2時間で8ユーロ)。水着の着用は必須です。
テラスで涼んだり、1年を通してバルト海に飛び込んで体を冷やすこともできます。海に入れるかどうかはその日の天候によります。サウナのレセプションではドリンクも購入でき、景色を眺めながらロンケロやビールを楽しむことができます。

サウナレストランの名の通り、Löylyのレストランは気合が入っています。サウナのおまけにインスタント食品を出すお店ではありません。サウナ利用中でも立ち寄れるので、サウナを楽しんで、お腹を膨らませ、またサウナに戻ることができます。もちろん、食事のみの利用も可能です。
サウナとレストランは営業時間が異なることにご注意ください。
月〜木:11:00〜23:00 金曜、土曜:11:00〜00:00 日曜:11:00〜22:00
また、レストランはプライベートイベントで貸切となっていることがあります。爆音でパーティをしていることもあるので、利用前にインスタグラム等で最新情報をチェックしてください。